市藍カタリA

藍染隊長と市丸副隊長…
梅雨のある日。


相 合 傘


しとしと降る雨は昨夜から。
今もほとほとと執務室の窓枠を濡らし続け、
止みそうにありません。
白木の縁は雨垂れに濡れて黒ずみ、
窓辺の机にうつむいて書類と格闘する
藍染隊長の顔も陰になり…
気のせいか憂いを帯びて見えます。

今朝方早く戻る予定だった
副隊長市丸ギンの姿がないせいでしょうか。

もうすぐお昼になろうというのに、
まだ何の知らせも…。
滅多にない副長単独行の任務で、
連絡用の地獄蝶も携行していたはず。
それは万一の時にも蝶だけは帰還し、
その顛末を伝えてくれる仕組みです。
もちろん
それほど深刻でない伝言に使ってもいいのですが。

不安を口にする部下に
藍染隊長はおだやかな微笑みを向け、
なだめます。

「地獄蝶の戻りもないし、心配いらないよ。
 市丸君のことだから、
 何かいいお土産でも探してるんじゃないかな」

しかし
片付けたはずの書類の山に再び手を伸ばしかけるあたり、
言葉通り何とも思ってないようでも
なさそう…。

「隊長、お昼をご用意しましたが」

と声をかけられ、顔をあげた隊長。

「ありがとう。
 すまないけど、私はもう少し後でいただくよ。
 君たち先に済ましなさい」
「いえ、そんな……」

隊長を差し置いてのうのうと御飯をいただけるほど
太い神経は持ち合わせていなかった隊士、
うろたえます。
と、隊長は真面目な顔で続けました。

「不意の事態に備え、
 しっかり栄養補給や休養をとっておくのも
 隊士の大事な勤めだよ…?」
「は、はぁ……」

理屈を聞いても体がすぐに動かない若い隊士を
隊長は促します。

「早く行きなさい。私もすぐに行くから」

ニコッと笑顔の隊長に、隊士は一礼して食堂へと駆けだしました。

「すぐ」と言いましたが、
この隊長ときたらしょっちゅう一食抜いてしまう常習犯でした。
隊士達は早く食べ終えて追い立てに戻ったら、
もしかしてちゃんとお昼を摂ってくれるかも?
…という淡い期待で走ります。

あぁ、市丸さんがいればこんな心配いらないのに…!

市丸副隊長……
あの体格でご想像つくかもしれませんが、
これまた輪をかけてなかなか食べてくれない困り者。
それでも
藍染隊長の前ではあれこれ文句言いながら
出された物は口にしますし、
部下に手本を……でもないでしょうが
二人揃っていれば
隊長もだいたい定時で食卓に就いてくれるようで。
賄い方も安心なのでした。

五番隊の太陽みたいな藍染隊長と違って
どこか抜き身の刀のような緊張感をもたらす
市丸副隊長でしたが、
留守なら喜ばれるかといえばそうでもなく。
予定外の不在は隊舎全体に影を落とします。

どうか何事もなくひょっくり帰ってきますように…!

隊士諸君の祈りが天に通じたか、
突然その霊圧は執務室方角に現れました。

どういう手段で帰還したかはわかりませんが、
まぎれもなくそれは市丸副隊長です。

「あ〜、藍染隊長? まだお昼行ってはれへんのですか…」

頭に枯れ葉を一枚くっつけたまま
執務室の戸口でポカンと口を空けて立つ市丸に
藍染はニッコリ笑いました。

「お帰り。皆心配してたよ」
「いやぁ、ほんまですか。
 そら悪い事しました、連絡もせんと……」
「まぁ、蝶を飛ばすほどの事でなかったならいいよ。
 緊急報告は?
 もしなければ、先に昼食に行かないか」
「あぁ、そら、構しませんけどぉ……
 こんなんで行ったら、食事当番につまみ出されそうやなぁ」

袴の裾が少し泥で汚れているのを見つめながら
つぶやく市丸さんに
必殺スマイルで藍染隊長。

「ギン? 私は待ちくたびれてお腹がペコペコなんだが」
「ちゃっと着替えたら、すぐ追いかけます〜」
「ダメ。連れてかないと私が叱られる」
「いや、そんな、なんで。行きますよ……!」

……そんなことされたら
みんなに恨み殺されるのはこっちやん〜、
と、思いながら
市丸副隊長は縁側でパタパタ袴をはたきます。

「おぃ〜、早く!」
「ハイハイ」

パパパンパン。
袴の裾からげて走ったんじゃ副隊長の威厳には欠けるなぁ
と思いますが、
普通に歩いても早い隊長なので
埃を払って手間取った分を稼がなくてはなりません。
よいしょっと。

「早く来ないとギンの分も食べちゃうぞ?」
「どーぞ、どーぞ」

なんちゃって。

「ギン!」
「はぁい、ただいま…!」



しばらくたちまして。

何と食堂で最後の半椀を前に市丸さん半べそ。
いや正確に描写すれば、
瞳が見えない細く吊り気味に弧を描いた狐さんお目々に
ちょっと演出過剰で作り笑いにしか見えないんじゃない?という感じに
グッと端を上げたお口は
いつもとほとんど変わらないのですが。

箸が進まない市丸の前で
とっくに食べ終えた藍染隊長ニコニコ。

「部屋に持ち帰っても構わないんだよ」
「いややなぁ、もう。
 そんなん言わはらんでも、ちゃんと食べますやん……」

と使うお箸先に御飯が二、三粒。
そんな調子ではいつ食べ終わるやら。

「なんだ、そうか」

残念そうな口ぶりの隊長に市丸が尋ねます。

「何ですか」
「部屋に帰れば漏斗があるんだけどね」

と何かあやしげな話が笑顔で始まり。
副隊長やや顔色変わった感じで

「いや、食べますから、ここで全部!」
「現世ではフォアグラっていう高級食材があるんだけど、
 ギン、知ってる?
 あれは鴨の口に漏斗を突っ込んで……」
「ごちそうさま!」
「おぉ、完食。偉いね、ギン!」
「はい、行きますよ」
「何、慌てて?」
「お仕事溜ってるんやないんですか」
「ん〜、少しね」
「ボクの報告もまだですし」
「あぁ、そうだったね」
「しょーもない仕事、早よ済ませましょ!」
「珍しい事もあるもんだねぇ、仕事熱心なギンなんて。
 雨が降るんじゃないのか」
「何言うてますの、隊長。
 ボク、いつでも真面目ですやろ。
 だいたい、雨なら最前から降りっぱなし」

……雨でも明るい隊舎の午後です。



「で、何があったんだい」
「え……」
「ギンが予定より遅れるほどの何か……
 強い虚(ホロウ)の出現にでも出くわしたか」
「そうです……て言いたいけど
 逆ですわ」
「逆?」
「出る予報やったから寄り道したんですけど、空振り」
「……それが遅刻理由、か?」

ふぅ、とため息ついて藍染。

「科学局め……」
「でも、タマ〜にドカ当たりしますやん」
「あ、あぁ……」
「仕事早よ終わったし、出んなら出んでいいわけやし」
「それはどうもご苦労様だったね」

藍染隊長のご不満顔に、市丸は思わず小声で

「すみません」
「別に謝ることじゃない」
「いや、ボクがスカタンでした」
「ギンは悪くないさ。当たらない予報なんて有害無益…」
「隊長…!」

今度こそ半べそ寸前のギンにニヤッと隊長。

「サボの口実に使うくらいしか、役に立たない」
「いや、ボク、そんなんや……」
「さっさと行くぞ」
「え……」
「その案件、要隊長扱いと見た。ギン、おいで」
「はぁ、はい」

おやまぁ隊長ったら。確信犯的サボタージュです。

「ついでに沢谷も見回ってこよう」
「はい」
「紫陽花が見頃だろう」
「は……」

すまし顔で藍染隊長は控えの間にいる隊士に

「帰りは暮れになるから、よろしく」
「はいっ、お任せ下さい!」

若い隊士は
隊長直々にお声をかけていただいた感激に
顔を真っ赤にして答えます。

「気張り過ぎんように」
「ありがとうございます!」

副隊長にまで気をかけていただいた彼の日誌は
どう書かれますか。

敬礼で見送られた市丸さん
つぶやきます。

「なんやなぁ」
「堂々として」
「はぁい」

笑顔で発つ二人を
雨の晴れ間が祝福しておりました。




                        〜 おしまい 〜
                               






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