市藍カタリ

藍染さんの青い夜…
ワキは浮京です。


紅 珊 瑚


誰がなんと言おうとギンちゃんは伏見稲荷大明神の申し子であって
場末の市の片隅の
あろうことか大衆酒場のありとあらゆる臭いの吹き溜まった個室の裏
なんぞとはエンもユカリもなかったのである。

朱塗りの鳥居がずらりと並び、無神論者も息を呑み身を震わせる
俗世とは隔絶した参道やその近域の賑わいとこそ縁(えにし)は深けれ、
人と獣の排泄物にまみれハゲかけた安っぽい赤ペンキで描かれた鳥居形
……神威を借りんとしてかえってご威光を貶めているアレ
の前に倒れ臥していたのは言うまでもなく偶々(たまたま)。
けしてギンが選んでのことではない。

しかし天に神あらば偽りなきこと明白なれど神ならぬ身のいたしかたなし。

その夜更け空腹と虐待に力尽きたギンがその身を横たえたのは
まさにこの路傍であった。


かくてギンは
十数夜連続勤番の身を休めんと常は通らじの道を帰り来たる新米死神
藍染惣右介の拾うところとなり、市丸の名を得、
ここに両人の語られざる物語が始まったのである。

世に物識り数多(あまた)あり、
この言説に異論ある向きは多々あることならんが、
俚諺も説く様、
講釈とは見てきたようなウソ申すが技なれば
努々(ゆめゆめ)目に鯨は立てず聞き捨てられんことを。
 サテ。

雨下
行きずりに冷え固まった小さなもの拾うた
その気紛れ
いまさら推し測るも難しいが

当時、斬魄刀を始解できる若輩は稀。
なりたてほやほやどころか見習いもいいとこな
藍染青年もその例に洩れず、
腰にたばさむ浅打は未だ名を明かさず。

学徒でありながら激務に身を投じたのも、
昼夜ぶっ通し手離すにおれば刀もそれだけ早く馴染むか
とのもくろみであったけれど
効果なし。
いっそ死神でも斬れば何らかの作用あるか
と思いつめた藍染、しかし、
さすがにそれは思いとどまった。

なんと言っても一旦死神として登録されたなら
護廷十三隊以下誰も皆その霊圧を捕捉され、
その所在から存否までガッチリ管理されていて、
そんなのに手を掛けてはあっという間に足が付く。
死神候補群たる統学院生としても同様である。

では瀞霊廷外の霊力あってまだ捕捉されてないヤツならば
どうか…
と、早い話が辻斬りを志しての場末巡り。
しかし流魂街は霊力のない者が暮らす地である。
そう簡単に未知の霊圧に巡り会えるものでなく、
ようやく感知したそれを辿ってみれば
瀕死のコドモ。

疲労困憊目を血走らせた若き増上慢、
銀髪小僧を据え物切りにせん
と、柄に手をかけたそのとき。

「ぃよほほ〜い、そこにいるのは藍染君じゃないのかぁい?」

陽気な声は通りを隔てた彼方から。
青白い連れに身を預けた酔っ払いは統学院出身、
死神の中でも一、二を争うエリート街道驀進中
京楽春水大先輩。
この暗がりの、この距離に
その酔眼で
数えるほどしか顔を合わせていない
藍染の顔をよく見分けたものだ。
それとも霊圧感知か。
だとすれば、いったい
いつどこから彼に感知されていたのか…。

京楽を支えている白髪長身痩躯の男は
これまた京楽の同期かつ好敵手、
好対照をなすと噂の高い
浮竹十四郎。
こちらは酔ってなさそうだ。

京楽はともかく
浮竹がこんな処になぜ現れたのか。
藍染はいぶかった。

後日わかったことでは
浮竹の生家が瀞霊廷の内部でも辺縁にあり、
京楽は泥酔するとそこで酔いを醒ましてから帰る
のが常なんだそうだ。
浮竹家に起居する弟妹が
長兄の客をかいがいしくもてなすのも
足が向く理由であったかもしれない。
ことに妹連の美しさ愛らしさは
春水ならずとも心動かされる。
慎ましい暮らしの浮竹家はそんなわけで
絶えず統学院の誰かしらが出入りしていたようだった。

藍染も後にその一人となったが、
この時はまだ顔は知っていても
親しく話すは夢のような先輩方だったから、
向こうに顔を覚えられてるとは思いもよらず、
聞こえなかったふりしてその場を去ろうとした。

次の瞬間、耳元ですねるような囁き。

「せっかく会えたのに、もう行くのかい?」
「ひやあぁッ」

後年の勇姿にふさわしからぬ叫び声をあげ
腰を抜かしそうになったことは許されたい。
死神として高速戦闘移動法、瞬歩を習得鍛錬してはいても
実際
しかも平時に
いきなり使われたのは初体験である。
突如、口髭に耳朶をくすぐられ
声もあげない若造がそうゴロゴロいたら
そっちこそびっくりする。

「後輩をからかうのはオマエの悪い酒癖だ、
 京楽!」
「ぃいい痛ていでいでいでででで……
 引っぱるな、浮竹」
「いきなり市中で瞬歩なんか使うな!!
 戦闘中でもないのに、
 藍染クンがびっくりしてるじゃないか!」
「そーゆーオマエも今使ったくせに〜」
「緊急事態だ!
 暴走する死神を放置しちゃ大迷惑だろ」
「暴走とは乱暴な。酔ってるだけだ」
「それを暴走と言うんだ!」

浮竹が京楽の口に何かを放り込むと
京楽は白目を剥いてドウと倒れた。
無意識にも雨水で泥溜まりだらけの路上でなく
軒先の床机に大身を伸べてお召し物を汚していないのは
流石である。

「大丈夫ですか……?」
「あぁ。ただの鎮静剤だから。寝てるだけさ」

動転して身を引いた拍子に京楽の手でもひっかかったらしい
藍染の乱れた襟元を直してやりながら浮竹は笑顔を見せた。

「驚かせて悪かったな。コイツも悪いヤツじゃないんだが」
「いえ、こちらこそ、みっともない姿をお見せしました」

コドモのように衣を正された恥かしさで赤らんだ藍染。
その肩を浮竹は軽く抱くように叩いた。

「気にするな。カラむ酔っ払いは無視するに限る」
「……どこまで運ぶんですか?」
「心配いらん。すぐそこだ。それに」

 浮竹は路隅を指した。

「藍染は、あの子を介抱してやるところだったんだろう?」
「え、いえ……」
「オレも荷が重くて手伝ってやれん。すまんな。気をつけて帰れよ」
「はい」
「じゃあな!」

まったくの誤解だ、と思ったが、
疑おうともしない明るい笑顔で見送られると
素直にボロ雑巾のようなソレを拾って帰るしかない。
デカい荷をひょろ長い背に負うた人影は
角を折れるまで手を振り続けている。

おせっかいな先輩の期待を裏切って物陰でズンバラリ、
と一瞬夢想したが、
この程度の距離では即刻異常を察知され、
浮竹が何事かと取って返すだろう。
その時には寝ている京楽も起きてくるかもしれない。

屋敷に連れ帰ればどうにでもなる。

藍染はコドモを羽織でくるんで両腕に抱えた。
背負うには軽過ぎるし、両腕を塞いでおきたかった。

帰り着く前にその子は目を覚まし、
藍染は泣き出される前に口へ携帯非常食を突っ込む。
たいして旨くもないそれをコドモは

「おいしい」

と呟いて
チビチビ齧り、いつまでもモグモグ。
さいごに手に残した一かけらをなめるようにながめて
なかなか口にしないので、
藍染たまりかねて言った。

「まだあるから、それは食べてしまいなさい」
「ほんま?」
「ほら」
「……ありがとう!」

右手に欠片、左手に新たな一個を握り締め、
手の獲物と藍染を交互に見てニィと口の端を引いた。
笑ってるつもりなのだろう。
獲物にエサをやる己を自嘲するように藍染も微笑み返した。

欠片を持つ右手を口に突っ込んだまま眠ってしまったコドモを
結局藍染は斬らなかった。
いかなる因果か
家に帰り着く前についに持刀は始解に至り、
その能力を藍染は知ったのである。
被験者はそのまま養われて子飼いの部下となった。

後の顛末は世の人の知るとおりである。
人、時を経て変身、また変心もままある。
人よりも永い世を渡る死神もまたそうであるのか、
さならずか。
時機得らば、また紐解かん。


                     終
                               






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