京の街路は縦横に走り、そのほとんどは直角に交わる。 洛中いずれに参るも通りの名を目当てにせば迷う事無し…とは京雀の囀り。 すべての角が九十度でもなし、路名も地図も念頭に無い門外漢には一度迷えば迷路と変わらぬ。 まして表通りから木戸を抜けて露地の奥を伺うなど、初ではとてもおぼつくまい。 と、こうボヤく緒方自身はいかにしてこの涼しげな小間にくつろいだか。 手品は何もない。 ただタクシーでこの表へ乗り着けた。 運転手は地理に明るいのが身上、母屋が面する通りの名を告げると二つ返事、瞬く間に脇門へ。 後はわずか数歩の距離を歩めばよいのだから、苦も無い。 この程度の才覚、緒方が待つその人にも無かろうはずはない。 だが待つ身は勝手で、ついつい玄関口を覗きに立ちかける。 いっそ迎えに行けば気も安まるだろうが、それでは何が為この家を定めたか、だ。 …引き戸開くも遠慮をし、内に静かで居るものを。 そう思い直して奥へ引っ込み、床の間の隅から碁盤を出す。 パチパチと石を打てば我知らず追う過日誌上に見る彼の人の譜。 ザラ、と盤より石を落としかけた手をまた自制して孤りつくねんとする障子の内。 明かり障子を透かす陽光からすると早や午も近い。 だがまだ来ぬ人は、ようやっと空の旅から解き放たれた頃であろう。 迎えは呼ぶまで要らぬと強く言われたは途中まで誰ぞ連れでもあるか。 それは異国の若き棋士か、それともそうでない…。 雑念を払って土間に立つ。 旧弊な台所、竈(かまど)が二つもある。 水場は流石に水道が引かれていてほっとする。 水は井戸から電動ポンプで上げている様子で、井戸の脇で手押しポンプが蜘蛛の巣を被っていた。 襷掛けして米を研げば、日陰で微風はあるとも汗をかく。 漬け置く間に下拵えにかかる。 乾物を水に晒し、煮物の材を洗い、青物は水を切るように笊へ。 しばらく包丁を使わなかったと思うが、芋の二、三個剥くうちには何とか型も戻ったようだ。 竈に火をくべる。 チロチロと燃える炎を見るとずいぶん気が紛れる。 手間々々しい馳走の手順は小煩い食通ぶってるわけではない。 ただの暇潰しだ。 せっせと手足を動かしておれば余計な事を考えなくてすむ。 待ち人の到着は日暮れる頃になろう。 もうすぐ焚き上がる風呂を先に使ったものか否か思案する。 汗まみれで出迎えるのもどうかとは思うが結局水ですます。 熾火も消える時分に板の間で柱へもたれて座り見る夕間暮れ。 草履の音に木戸へ。 走る。 出迎えた弟子の履物が左右で違へばどうにも可笑しいが、知らぬふりして鞄を持たせた。 明りを灯そうとする手を止め。 抱擁。 打ち水した露地から涼風が小路を伺った。 ……… 今宵はこれまで。 |