それいけ、馬鹿っプル!


------- シラオガ鬼畜本出張編

作: 山田 寅次郎


 事の発端は夕ゴハンタイムだった。
 今日も今日とて仕事で疲れきって帰宅した白川道夫七段は、現在同棲
中(飼育中とも言う)の、家事の『か』の字も絶対にしない緒方十段碁
聖を視線の端で睨みつつ、甲斐甲斐しく夕ゴハンの支度をはじめていた。
 ちなみに本日のメニューはイワシの蒲焼丼にキャベツの浅漬け、豆腐
と若布のお澄ましである。
 白川としては別に本日イワシなんて食べたくはなかったのだが、仕事
帰りに閉店間際のスーパーに駆け込んで魚売り場を見たら、すでにあら
かた片付けられて、その場には買えそうなものがイワシしかなかったの
だから仕方がない。
 ま、それでもそのイワシは艶々として、なかなかに新鮮なカンジを発
散させていたので、それはそれでよかったのだが、ここで一つ問題があ
った。
 なんと緒方はイワシが嫌いなのである。
 頭と健康にとても良く、しかもお財布にも大変に優しいイワシを、白
川先生としてはもっと食卓に上げたいところなのだが、何せ緒方は好き
嫌いが激しく、食べないといったら食べない。しかし幸いというかなん
というか、緒方はイワシのつみれ団子が大好きなので、新鮮なイワシが
手に入ったときには、先生はフードプロセッサーを駆使し、つみれ団子
をお澄ましに入れたり、おでんに入れたりして緒方の知能育成に励むの
であった。
 しかし本日、である。
 とにかく白川先生は疲れ果てており、しかもゆっくり買い物をする暇
がなかった。ついでに言うなら、夕ゴハンのメニューを決める心と時間
の余裕さえなかった。仕方がないので先に家に帰ってゴロゴロしている
はずの緒方に電話をし、今日は外食にしない? と切り出したのはいい
のだが、家に帰ってシャワーまで浴びてくつろいでいた緒方はあっさり
とその案を却下したのだった。
 ……だったらお前メシ作れよ(怒)!
 世の男(女)性なら迷わずそういって怒るところであるが、そこはそ
れ、忍耐強さをもって日本棋院に誇る白川先生である(謎)。
 慌てて閉店間際のスーパーに駆け込み、とりあえずのお魚と一番近く
に合って目に付いたキャベツを引っつかみ、レジへと向かったのであっ
た。


 さて。
 程なくしてイワシの蒲焼丼は出来上がり、白川先生は疲れきった声で
テレビの前でゴロゴロしている緒方を食卓に呼んだ。
 …せめて箸くらい、醤油くらい食卓に出してくれたっていいだろうに、
という言葉を、喉の奥で飲み込む白川先生。この程度のことで声を荒立
てるようでは、到底緒方を飼うことは出来ない。
「わーい!」
 歓声を上げ、年甲斐もなく飛び跳ねながら食卓に駆け寄る緒方。
 イワシの蒲焼の味付けは、醤油とオレンジマーマレードだ。つみれ団
子ではないけれど、この甘辛しょうゆ味は『味覚お子様』の緒方の気に
確実に入るはずであった。
「いただきまーす!」
 食卓の椅子にドスンと腰掛け、お茶の支度をしている白川を尻目に、
嬉々として丼の蓋を開ける緒方。
 しかし次の瞬間、緒方はゴハンの上にホカホカと横たわっている二匹
のイワシ(尻尾付き)を見るなり、ほっぺたを膨らませて小憎らしい言
葉を続けた。
「えーっ、俺イワシ嫌ーい!」
「……食べてみなさい。これはおいしいから」
 こめかみの血管がぴくぴくと動き始めるのを必死でこらえながら、白
川先生があくまでも穏やかに言葉を返す。しかしその超人的に理性的な
白川先生の態度は、お子様緒方のワガママを更に増長させるだけであっ
た。
「でもイヤー! だったらいらないもん。ラーメン食べるもん。ラーメ
ン作ってー」
 ぶち。
 端正なお顔にあくまでも優しい笑みを浮かべていた白川先生の頭の中
で、何かが。何かが大きな音をたてて、切れた(笑)。
「……だったら食うな」
「ほえ?」
 いきなり一オクターブも低い声でゆっくりと言い放った白川に、緒方
は間の抜けた顔で返す。
 白川はあくまでも優雅な手つきで丼の蓋を取り、NHK教養講座のよ
うな見事な箸さばきで、黙々とイワシ丼を食べ始めた。
「ねーねー。ラーメンー」
 場の空気の全然読めない緒方が、火に油を注ぐまくりの能天気な声で
繰り返す。
「うるさい(怒)」
 深く静かに怒りながら、白川先生は黙々とゴハンを食べ終え、食後の
お茶まできっちりと飲んでからおもむろに食卓から立ち上がり、カチャ
カチャとお片付けをはじめた。
「ねーねー、白川ー」
 食卓の椅子に腰掛け、脚をブラブラさせながら緒方が繰り返す。白川
先生は無言である。緒方の前に並べてあった手付かずのイワシ丼の丼を
台所に下げる時、白川先生は初めて大層機嫌の悪そうな顔をして、緒方
の目を睨んだ。
「…もうお前にはゴハンなんか作ってやらない。毎日外でラーメン食べ
て帰って来なさい」
「えー、なんでなんでー!」
 緒方が食卓に座ったまま、脚をばたばたさせて抗議する。白川先生は
もう一度緒方を一睨みすると、無言のまま台所に去っていった。
 ……台所からは白川先生がテキパキと洗い物をしている音がする。
 緒方は脚をぶらぶらさせながら、口をへの字に曲げ、囲碁のこと以外
はあんまりわからない頭で、何だかわからないが、何となく危機感を覚
えている。
 キレイに洗濯され、アイロンまでかかったランチョンマットを見つめ
る緒方の腹の虫が、『グーっ』と一つ、大きな音を立てた。



 翌朝。
 通常、対局のほかは、カルチャーセンターなどでの講義が主な仕事で
ある棋士の朝は、遅い。
 白川先生は朝からしっかりとゴハンを炊き、具沢山のお味噌汁とアジ
の干物、それに納豆とほうれん草のおひたしで優雅な朝食を採っていた。
 食後は番茶である。
 普段ならゴハンを食べ終えてから、朝の更に遅い緒方を一応起こし、
部屋の片付け等をしてから出勤、となるのだが、本日、白川先生は緒方
を起こさなかった。
 ゆったりと番茶を飲みながら新聞を読み、台所で鍋を洗っていると、
起きぬけでボサボサ頭の緒方十段碁聖が、白とブルーの縞々パジャマ姿
で台所に入ってきた。
「ひどいよー! 白川! 起こしてくんなかったじゃないかー!」
 それには何も答えず、白川は黙々と鍋を洗っている。場の空気が壊滅
的に読めない緒方は、そのまま非難がましい声を上げた。
「ゴハンはー?」
「ゴハンはありません」
 間髪を入れず、白川はきっぱりとそう言い放った。
 ここまで来て、さすがに『ちょっと変かも』と思い始めた緒方はガス
レンジの上に乗せられたピカピカに洗い上げられた鍋の蓋を開ける。
 通常ならそこには、まだ暖かい、具沢山のホカホカお味噌汁(麦味噌)
が入っているはずであったが、今日は何もない。
「お味噌汁はー? 卵はー?」
「ありません」
 話はそれるが、緒方は朝のお味噌汁に卵を落として食べるのが習慣で
ある。
 さすがにちょっと危機感を感じ始めた緒方が、電子ジャーのところに
行って蓋を開けると、ジャーの中もピカピカに磨き上げられており、
当然ながらそこには、米粒一つたりとて残っていなかった。
「し、白川、ゴハン…」
「ラーメン作って自分で食べなさい」
「ラーメン…(汗)」
「男に二言はない」
 きっぱりと、白川先生がそう宣言する。
 コトここに及んで、ついに状況を理解した緒方が、空気鉄砲を顔に当
てられた爬虫類のような顔をして(もう少しわかりやすい表現を心がけ
ましょう。苦笑)その場に立ちすくむ。
 確かにインスタントラーメンは好きだが、何しろ作ったことがないの
で、ちょっとあんまり自信がない。というより、朝から化学調味料のた
っぷり入ったラーメンなどを食べたら、絶対あとでおなかが痛くなるに
決まっている。緒方は何せ、じいちゃんが漁師の傍ら家庭菜園を営み、
ばあちゃんが鶏を飼っていたというほどの恵まれた環境で育った田舎の
ボンボンである(笑)。新鮮でない食料、人工的な味付けには、壊滅的に
身体が付いていかないのだ。
「ラ、ラーメン…」
 緒方は、黙々と洗い物をする白川の背中を見つめながら、呆然と繰り
返す。
 繰り返すが緒方はインスタントラーメンが好きだ。
 しかし、身体に変調を感じずに食べられる頻度は、月に一回まで。し
かもその場合、上に自家製のもやしや人参、ネギなどの野菜をいためた
ものをたっぷりと乗せ、そこに自家製の煮卵とチャーシューを乗せる、
という、厳密に言ったら微妙にインスタントとはいえないんじゃないか、
な感じの豪華ラーメン(白川道夫製作)を食べるのが常である。それに
かならず化学物質を排出する作用のある玄米ゴハンがつく。
 アジの干物はそのままの姿で海に泳いでいるんだ、と、生物学を全く
無視して頑なに信じている緒方十段碁聖に、もちろんそんなもの作れる
わけがない。
 白川は黙々と鍋を洗い終え、手を丁寧に拭いてクリームを塗り始めて
いる。
 グーグーとうるさく緒方を急かす腹の虫を抱えながら、緒方はそのま
まの姿勢で、きれいに片付いた台所に立ち尽くす。
 ……生命の危機が、すぐそこに迫ってきているような気がした。



 その夜。
 もちろん、帰宅した緒方十段碁聖を待っていたのは、また空っぽの鍋
だけだった。
 面倒見のいい白川先生は、緒方が後に帰ってくる場合でも、ちゃんと
ゴハンを作って待っててくれるというのに、今日待っていたのは、空っ
ぽの鍋と空っぽのジャー、そしてニンニクで何かを炒めた後の、とても
とてもいい香りだけだった。
 …今日はニンニクとぶつ切り鶏肉をトマトソースとハーブで煮込んだ
ものに違いない。
 頭は弱いが鼻は効く緒方は、台所の残り香を嗅ぎ、そう確信した。
 書斎で持ち帰ったらしい仕事をしている白川の背中をそっと伺うが、
緒方が帰ってきているのを知っているはずなのに、白川先生は仕事に没
頭したまま、その場を動こうとしない。
 緒方は足音を偲ばせながら台所に忍び寄り、ワクワクと冷蔵庫の扉を
開けた。
 ぶつ切り鶏肉のトマトソース煮といえば、緒方の大好物である。シメ
ジをたっぷり入れるとそれはそれはおいしい。それにガーリックバゲッ
トなどを添えて食べたりすると、それはそれはもう、こたえられない旨
さなのだ。いくら緒方でも、電子レンジで『チン』するくらいのスキル
は持ち合わせている。昨日の夜から何も食べていない緒方の腹が、再び
『グーっ』と大きく鳴った。
 ところが。
 冷蔵庫の中は、かつて見たことがないくらいにスカスカしており、ト
マトソース煮どころか、ロースハムのカケラさえ入っていない。白川が
朝、いつも欠かさず食べていて、『美貌の秘密に違いない』と、女性棋士
たちの間で密かなブームになっている納豆のパックさえも、そこには存在
しなかったのである。
 代わりに冷蔵庫の中に入っていたものは、圧力鍋で煮ないと全然硬く
て食べられない牛テールと、どのようにして食べるんだか緒方には見当
もつかない自然薯。ブリのアラに生姜。そして野菜室の中には、土のつ
いたままのゴボウと緒方の大キライな奈良漬であった。
「……(汗)」
 腹の虫がグルグルと緒方を攻め立てる。
 ふと視線を移すと、そこには山積みにされたインスタントラーメンの
山。ご丁寧にも色々な種類が一袋ずつ買ってある。これを白川の愛と見
るべきなのか、深い怒りと見るべきなのか、そこら辺の解釈は微妙であ
った。
「いいもん」
 空腹に耐えかね、緒方は仕方なくラーメンの山の中から一番おいしそ
うな写真の付いている袋を取り出し、椅子に腰掛けながら袋裏面の『作
り方』を熟読する。
 書いてあることが何だか微妙に良くわからないが、何しろ物心ついて
から囲碁しかまじめにやったことがなかったので、それは仕方がないと
いえよう。
 まず水を鍋に入れ、火をつけて沸かさなくてはならない。
 台所中をひっくり返し、ピカピカに磨き上げられた片手鍋をようやっ
と発見した緒方は、そこに慣れない手つきで水を張り、レンジの上に載
せる。
「……(汗)?」
 緒方は爬虫類のような顔をして、じっと、水をなみなみと湛えた鍋を
見つめる。
『どうやって火をつけるのか』。
 それが緒方十段碁聖の前に立ちはだかった、最初の難関であった。
 白川先生がお料理しているのを何度か見ていさえすれば、どうやった
ら火が点くのか、アプローチの仕方はある程度はわかったはずである。
 しかし緒方は、白川先生がお料理している間、いつもテレビの前に寝
っ転がってゲラゲラ笑っていた。昔ばあちゃんが寝床で話してくれた
『ありとキリギリス』のお話を、哀しい顔で緒方は思い出していた……。



 翌朝。
 いつものように穏やかに白川先生は目を覚まし、隣にいつものアホ面
がいないことに気がついて、微かに眉間に皺を寄せた。昨夜遅く、白川
先生は仕事を終えた後、シャワーを浴びてから台所に行こうとしたが、
そこにインスタントラーメンの袋を握り締めた緒方の姿を見つけたので、
そのまま寝室に退却したのである。
 訝しい気持ちで洗面を済ませ、台所へ向かう。
 まずはお湯を沸かそう、と、台所に一歩足を踏み入れた白川先生は、
途端に、何かにケッ躓いてバランスを崩した。
「お、おおおおおおおお、緒方っ」
 反射的に足元を見ると、緒方十段碁聖が片手に鍋を持ち、片手に百円
ライターを握り締めながら、地面にうつ伏せになって倒れている。その
百円ライターで緒方が何をする気だったのか、想像するのも恐ろしい気
がする白川先生であった。
「し、白川……」
「は、はい(汗)」
「お、おなかがすいた……」
 慌てて抱き起こした白川先生の腕の中で、やっと聞き取れるくらいの
か細い声で、緒方が呟いた。
「ラ、ラーメンは? いっぱいあっただろう」
「作り方が……わからなかった…」
「つ、作り方が…」
 白川先生の背中に、つーっと冷たい汗が一筋流れ落ちる。『っつーか
それ以前の問題じゃないのか』と突っ込みを入れたいのは山々であったが、
さすがにそこまでの勇気はない白川先生であった。
「白川、おなかが…おなかがすい…」
「……(汗)」
「…イワシ…」
「は?」
「…イワシを…」
 ただでさえ目つきの悪い目の下にくっきりとクマを浮かび上がらせ、
震える手を持ち上げて、緒方は白川先生の手を握る。その呼吸は半端
じゃないほど荒く、そして、弱かった。
「ごめ…ごめん…ごめんなさ…」
「もう好き嫌いは言いませんか?」
 心の動揺を抑え、静かな声で白川先生が緒方に問う。緒方は頭をがく
がくと振り、掠れた目で必死で何かを訴えようとした。
「それでは良いでしょう。ゴハンを作りましょう。ただし!」
 白川先生は人形のように端正な顔に、高慢とも取れる笑みを浮かべな
がら言葉を続ける。
「今度からゴハン食べる前には、三べん回ってワンというように」
「…わ、わん…」
 緒方は首をがくがくと上下に動かし、弱弱しい声で『ワン』と繰り返
した。



「先生、どうにかしてください」
 数週間後。
 塔矢名人宅で行われた研究会の席で、門下生の芦原が憔悴しきった表
情で名人に訴える。
 あくまでも厳格な姿勢を崩さない名人が、眉間に皺を寄せ、芦原を見
上げる。
 名人の隣に座していた愛息のアキラも、お人形のように整った顔で芦
原を見上げていた。
「どうしたね、芦原君」
 低く響く声。穏やかだが厚みがあり、名人としての貫禄充分である。
 アキラは何も言わず、そのままの顔でじっと芦原を見上げる。
「どうしたもこうしたも、緒方さんですよ、先生。もう本当に困ってて、
オレ」
「だからどうしたね」
 ……またかよ、と言いたい気持ちをぐっとこらえ、名人はあくまでも
厳格な表情を崩さない。緒方、と言う言葉を聞いた途端、美貌のアキラ
少年は全く興味を失ったような表情で、目の前に並べられた碁盤に視線
を落とした。
 芦原はほとんど泣きそうになりながら、言葉を続ける。声が裏返って
とても情けない声音になっていた。
「ほら、最近、外国からお客さんがよく来るでしょう、視察とか親睦と
かで。それで緒方さん、ああ見えて英語堪能じゃないですか。自分は知
らないですけど。で、通訳にかり出されるんですよ。それはそれでいい
んですが、その席でね、ほら、食事会とかあるじゃないですか、外国の
視察団じゃなくてもいいですよ、昨日なんか、政治家のパーティーです
よ。立食の。それなのに先生、緒方さんたら」
「だから何なんだね、用件は端的にわかりやすく言いたまえ」
「鳴くんです」
「……は?」
「鳴くんですよ、緒方さん。食事の前に」
「鳴くって、なんだね? さっきから君の言っていることは皆目わから
んよ。どうにかしなくてはならないのは君のほうなんじゃないのかね、
芦原君」
 イライラと名人が叱責する。何だかとんでもないことを言われるよう
な気がする、という不安が、普段は冷静沈着な名人の心を荒ませていた。
「だから鳴くんです、名人。緒方さんが」
「だからどういう意味なのかわからない、とさっきから言っているでは
ないか」
「食事の前に鳴くんです。ゴハンが出てくると、必ず」
「?」
「ゴハンの前で三べん回ってワン、と鳴くんですよ。もう、外国の方か
らは質問攻めにあうし、日本人からは失笑されるし、もう俺、どうした
らいいか」
「………」
「お父さん、顔が」
 美貌のアキラ少年が、真っ白になりかけた名人の耳元で、そっと注意
を促す。その声にはっと我に返った名人は、ポカン、と開きかけた口元
を慌てて閉じた。
「そ、それはどういう…。何か新しい流行だとか…」
「そんなこと俺が聞きたいですよ!」
 感極まって芦原が絶叫する。アキラはお人形さんのように黙ってそれ
を見ている。
 名人は意識が遠のくのを覚え、腹筋に力を入れてそれを押し止めた。
「昨日なんて、徐彰元さんが臨席しておられたのに、何度も何度もワン
ワン言って。徐さんは穏やかな方だからいいですけど、それでも別れ際
に、俺の肩を叩いて『君も君の先生も大変だねぇ』とか言われちゃって。
俺、もう顔から火が出そうでしたよ!」
「なんと、徐さんが……!」
 盟友である韓国の大棋士の名前を出されて塔矢名人が絶句する。
 緒方が一人で恥をかくならいいが、彼に奇行で知られる緒方が自分の
弟子だと知られることは、まさに名人にとっては『死に勝る不名誉』で
あった(笑)。っつーか知ってるって(笑)。
「は、ははははははは、はも…、…破も…!」
「落ち着いて、お父さん」
 口から泡を吹かんばかりの勢いで、塔矢名人がぶるぶると痙攣し始め
る。その隣で、あくまでも冷静なアキラ少年が静かな声で父の耳元に囁
いた。
「ああ見えても二冠ですから。塔矢門下には今、タイトルホルダーは緒
方先生だけですし」
「お、緒方、緒方を呼べー! …いや、呼ぶな! 二度と俺の目の前に
顔を出させるな! もし来たらいないと言え!」
「わかりました」
 あくまでも冷静にアキラ少年が答える。
 唇をワナワナと震わせながら名人は血の上った顔で痙攣する。
 もちろん、緒方の奇行の理由など、誰が知る由もない。
 ……あくまでも人騒がせな馬鹿っプルであった。
― 終 ―















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